🧠 AI プロダクト動向

2026-09-12 発行(読了 6 分)

実プロダクトのアーキテクチャ・使用例から AI 開発の現在地を週 3 回・1 号 1 テーマで深掘り

今号のテーマ CONTEXT-ENGINEERING

コンテキストは会話ログではない — Working Context / Session / Memory / Artifacts への分離が実装標準になった

コンテキストウィンドウを増やせば性能も上がる、という前提はすでに崩れている。Chromaの調査は18モデル全てで入力トークンが増えるほど性能が非線形に劣化することを示した。2026年9月、GoogleはエージェントフレームワークADKで、コンテキストを「いま提示すべきもの」と「どこかに保存すべきデータ」に分離するアーキテクチャを公式に説明した。AnthropicやManusの実装にも同じ設計原則がすでに埋め込まれている。今号はこの「コンテキストを保存問題として設計する」という転換を、具体的な実装から追う。

TL;DR — 3 行で
📐 パターン 1: コンテキストを4層のストレージ問題として設計する

Google ADK(Agent Development Kit)が2026年9月に公開した設計解説では、コンテキストを単一の会話ログではなく、直近のプロンプトを保持する Working Context、構造化イベントとして記録される Session、検索可能な長期知識である Memory、大きな外部データを保持する Artifacts という4層に分けている。invocations数などのしきい値に達すると非同期の compaction プロセスが古い Session イベントを要約し、生データを刈り込みながら Session 自体の整合性は保つ。

この分離が広がっている理由は単純だ。会話を素朴に積み上げる設計では、エージェントが長時間・多ターンで動くほどトークン予算を消費し尽くすうえ、単に容量を増やしても性能は比例して上がらない。Claude Code も、コンテキスト容量の95%に達した時点で auto-compact を発火させ、アーキテクチャ上の決定や未解決のバグは残しつつツール呼び出しの生の結果を優先的に捨てる、という同じ発想の実装を公式に明文化している。

Google ADK(Agent Development Kit)
コンテキストをWorking Context/Session/Memory/Artifactsに分離し、しきい値到達で非同期にcompactionする
大きなペイロードはArtifactServiceにハンドルとして外部化し、必要になった時だけLoadArtifactsToolで明示的に展開する「コンパイラ」的アーキテクチャを公式ブログが解説
📄 一次ソース
Claude Code(Anthropic)
コンテキスト容量の95%到達で自動要約(auto-compact)し、決定事項は残しツール結果は捨てる
「最大限想起してから段階的に不要を削る」という圧縮の優先順位を公式エンジニアリングブログが明文化
📄 一次ソース
示唆: 会話全体を毎回モデルに投げるのをやめ、「いま何が必要か」を判定するレイヤーを持つ設計に倣うとよい。しきい値ベースの要約と、大きなデータは参照渡しにする、の2点は最小構成として真似しやすい。
📐 パターン 2: サブエージェントの境界を越えていいのは要約と計画だけ

サブエージェントを使う設計でも、境界を越えて子に渡してよい情報は選別されている。Google ADK は include_contents というパラメータで、祖先エージェントの会話やツール結果をどこまで子エージェントに伝播させるかを明示的にスコープし、階層が深くなっても不要な文脈が下流まで流れ込む「コンテキスト爆発」を防ぐ。

Anthropicが自社のマルチエージェント・リサーチシステムで採用したのは、その手前の設計だ。LeadResearcher はサブエージェントを立てる前に、まず自分の調査計画をMemoryに保存する。Claudeのコンテキストウィンドウが200,000トークンを超えると古い内容が切り詰められるため、計画自体を失っても困らない形で先に永続化しておく、という手当てにあたる。

Google ADK(Agent Development Kit)
include_contentsで祖先エージェントのコンテキストが子にどこまで伝播するかを明示的にスコープ管理
階層的なマルチエージェント構成での「コンテキスト爆発」を防ぐ設計として公式ブログが明記
📄 一次ソース
Claude(Anthropicのマルチエージェント・リサーチシステム)
LeadResearcherはサブエージェントを立てる前に自分の調査計画をMemoryに保存する
200Kトークンを超えるとコンテキストが切り詰められるため、計画そのものを先に永続化して生き延びさせる設計を公式ブログが説明
📄 一次ソース
示唆: サブエージェントに渡すのは全文脈ではなく要約や計画に絞るとよい。特に切り詰めが起きる前提で「失っても困らない計画」を先に永続化しておくと、後続処理が壊れにくい。
📐 パターン 3: プレフィックスキャッシュを壊さない設計

コンテキスト管理はトークン数だけでなく推論コストにも直結する。AIエージェント「Manus」を開発するチームは、KV-cacheのヒット率を本番エージェントにとって最重要の指標だと位置付けている。入力対出力のトークン比が平均100:1に達する同社の環境では、プレフィックスが一致する限り再利用できるKV-cacheが、レイテンシとコストの大部分を決めるためだ。

だからこそ両者は同じ設計判断に行き着く。Google ADK は、安定したシステム指示をコンテキストの先頭に固定し、変化する内容を末尾に寄せることでプレフィックスキャッシュを温存するprocessor順序を採用している。Manus側も、ツール定義を実行途中で動的に追加・削除しないことを明確な指針として挙げている。ツール定義は通常コンテキストの先頭付近にあるため、そこを変更するとそれ以降の全てのKV-cacheが無効化されてしまうからだ。

Manus
KV-cacheヒット率を本番エージェントの最重要指標と位置付け、ツール定義を実行途中で変更しない
入力:出力トークン比が平均100:1という自社の運用データから、プレフィックス一致によるキャッシュ再利用がコストとレイテンシを支配すると結論
📄 一次ソース
Google ADK(Agent Development Kit)
安定したシステム指示を先頭に、変化する内容を末尾に配置するprocessor順序でプレフィックスキャッシュを温存
モデル側のprefix cachingの仕組みをそのまま活かす設計として公式ブログが明記
📄 一次ソース
示唆: プロンプトの内容そのものより「何を先頭に固定し、何を動的にするか」の順序設計がコストを左右する。ツール一覧やシステムプロンプトを実行中に書き換えるくらいなら、使わない選択肢を渡したまま無視させる方が安く済む。
✍️ 編集後記 コンテキストウィンドウが大きくなるほど「とりあえず全部入れる」設計は罰される、というのがContext Rotが示した現実だった。2026年9月のGoogle ADKの発表は、この教訓を4層のストレージアーキテクチャという形で実装に落とし込んだ、公式ドキュメントとしては早い部類の例だ。次に来るのは、この構造をフレームワーク非依存でどう標準化するか、という議論だろう。
🔗 今号の動向ピックアップ
📚 過去号
2026-09-15
エージェント実行基盤のマネージド化 — 3社が同時に「実行環境を貸す側」に回ったOpenAIが9月10日、Codexハーネスをagents/environments/sessions/eventsの4プリミティブに集約した Agents API を公開ベータで公開。基盤自体の追加課金はなくトークン・ツール実費のみ。
2026-09-10
Agent Skills という第3のレイヤー — プロンプトでもRAGでもなく「必要になるまで読まない」設計Agent Skillsは「メタデータ(~100トークン)→本文(<5000トークン推奨)→付随ファイル」の3段階でコンテキストに読み込む、プログレッシブディスクロージャー設計。
2026-09-08
エージェント評価の再設計 — テキスト一致から状態検証、そして「修正がテストになる」仕組みへAnthropicはテキスト一致の判定から、環境の状態が実際に変わったかを見る outcome/state チェックへの転換を公式に推奨している。
2026-09-03
長時間稼働エージェントの状態管理 — 「会話の保存」から「プロセスの永続化」へGoogle ADKやMastraは、ツール呼び出しなどステップの境界ごとに実行状態をシリアライズして外部ストレージに書き込み、コンテナが落ちても直前のステップから再開できる設計に収束している。
2026-09-01
コードレビューエージェントの設計 — 差別化は検出率ではなく、文脈の取り方と『直すところまで』の範囲に移ったGitHub Copilot・Qodo・Cursor Bugbot・Cloudflareの内製ツールが、diff単体の解析から脱却し、リポジトリ全体・PR履歴・過去の指摘への反応まで動的に文脈を取りに行く設計へ収束している
2026-08-29
構造化出力は「お願い」から「強制」へ — 3社がグラマー制約デコーディングで足並みを揃えた2026年OpenAI・Anthropic・Google の主要3社が、JSON Schema をトークン生成レベルで強制する「グラマー制約デコーディング」に共通で対応した
2026-08-27
マルチエージェント協調 — 割っていいのは「コンテキストの切れ目」だけAnthropic は Research 機能で並列サブエージェントを使い内部評価で90.2%の性能改善を報告するが、トークン消費は通常の約15倍になるとも明記している。
2026-08-25
エージェントのメモリ設計 — 生ログでも単一要約でもなく、書き換え可能な単位に分解するClaude は2026年7月、記憶を単一のローリング要約から個別の書き換え可能なエントリへ移行。ChatGPT は非同期の「Dreaming」処理で古い事実を時制ごと書き換える。
2026-08-22
プロンプトキャッシュはコスト最適化ではない — 「プレフィックス固定」というアーキテクチャ制約キャッシュ命中率はもはや副次指標ではなく、Manus はこれを「本番エージェントで最重要のメトリック」と明言している。
2026-08-20
接続ツールが増えるほど遅くなる問題 — コード実行と検索遅延ロードの2つの答えAnthropicは公式エンジニアリングブログで、MCPツールをコードAPIとして提示しファイルシステム越しにオンデマンドで読み込ませる方式により、あるタスクのトークン消費を150,000から2,000(98.7%減)に削減したと報告した
2026-08-18
MCPエージェントの認可設計 — 同意画面を「増やす」実装と「無くす」実装に分岐したMCPの権限設計は「サーバー単位のOAuth」から「ツールごとのスコープ」へ移り、WorkOSやCloudflareが個別ツール内での権限チェックを標準パターンとして提示している。
2026-08-15
エージェントの評価・観測性 — 「最終出力の一致」から「軌跡(トラジェクトリ)の妥当性」へAnthropic は Tasks/Graders/Transcripts の三要素でエージェント評価を構造化し、1回でも成功する確率 pass@k と毎回成功する確率 pass^k を分けて計測する運用を提示した。
2026-08-13
モデルルーティング — 1モデルに全部背負わせない設計が標準になったVercel AI GatewayやGitHub Copilot Autoは、ヒューリスティック分類→難易度ティア判定→プロバイダ違いのフォールバック、という二段構成のタスク別ルーティングをすでに標準実装にしている。
2026-08-11
コンテキスト圧縮はどこで行うべきか — API・モデル訓練・ハーネス、3層に割れた実装場所Anthropic は compaction をサーバーサイド API のオプションとして実装し、モデル本体は変更していない
2026-08-08
エージェントのコード実行基盤 — サンドボックスは「重い専用マシン」と「軽いアイソレート」に分かれ始めたCloudflare Sandboxes と Vercel Sandbox はどちらも「持続する専用マシン」型サンドボックスをGA化し、スナップショット復元でコールドブート30秒を2秒程度まで縮めた。
2026-08-06
RAG 構成パターンの現在地 — 二段構成の次は、検索そのものをエージェントに埋め込むPerplexity は Vespa 上で lexical・embedding のハイブリッド検索から cross-encoder rerank へ絞り込む多段構成を採り、Databricks は同じ構成を単一パラメータで追加できる機能として一般化した。
2026-08-04
ワークフロー型 vs エージェント型 — 複雑さを足す前に何を確かめるかAnthropic は「経路を誰が決めるか」で workflow と agent を定義し、単純な方から試すべきだと明言している。
2026-08-01
コンテキストエンジニアリング — 「何を見せるか」ではなく「何を見せないか」を設計する事前に全部読み込むのではなく、ファイルパスやURLなど軽量な参照を渡して実行時に取得する「Just-in-Time retrieval」がCursorやAnthropicの標準手法になった。
2026-07-30
マルチエージェント協調 — 「書き込みを一本化する」が唯一の合意点になった理由Cognition は2025年、複数エージェントの並行書き込みが矛盾した判断を生むとして「マルチエージェントを作るな」と主張したが、2026年4月に態度を転換し「書き込みは一本化し、エージェントは行動ではなく知性を提供する」構成に絞って実例を公開した
2026-07-28
エージェントのメモリ設計 — 保存容量ではなく「書き込みの境界線」を設計するAnthropic は Claude Managed Agents の記憶をファイルとして保存し、監査ログ・ロールバック・スコープ別パーミッションを標準機能として public beta で提供している
2026-W30
エージェントの評価・観測性 — 「良さそう」を数値にする前に何を測らないかを決めるAnthropic は Claude Code の品質劣化が6週間、内部の eval・コードレビュー・単体テストをすべてすり抜けていたと自ら公表し、変更ごとの広範な eval とソーク期間の導入を表明した